梅林:正統派和食の老舗(百貨店販売、通販も)|横浜

梅林

お店紹介
私共の店は、昭和17年に創業ですが実際には昭和14年に店を構えたようです。
この梅林の生みの親である両親ですが、父は静岡の庄屋の家に生まれ果樹園を営んでおり、母は戸塚の製糸工場の末娘でしたので、商売には全くの素人の二人が静かな果樹園での生活を捨て、横浜という地に人生を賭ける事を決心したそうです。
二人は横浜港と南京町(現中華街)に挟まれた、横浜の中心地の馬車道通りに店を構える事にしました。時は昭和14年、混乱の戦時下での挑戦でした。
二人は四人の子供を育てながらも、店先にはお客様の行列が出来るほどの繁盛店にと懸命に盛り立てていました。
しかし、横浜にも戦争の空襲が絶え間なく続くようになり、あたり一面の焼け野原へと姿を変え、二人の人生を賭けた梅林も全焼を免れる事はできませんでした。全くの素人から商人へと成長した二人は、梅林への夢を捨てる事ができず、父は元町(現在ポンパードールのある地)に、母は馬車道の程近くにある吉田町に再度、店を構える事にしました。
しかし両方の店を維持する事が出来ず、考えた末に昭和23年、野毛の闇市が隣接し、そして柳が揺れ、ダルマ船が浮かぶ川のほとりの吉田町に商運を賭ける事にしたのです。
横浜は関内駅と桜木町駅の間で暖簾を構えているが、関内というところは関所跡であり、日本の文明開化発祥の中心地であります。関内から港にかけて外国人遺留区で、関内から陸側が内地という区分けになります。
新橋〜横浜間が日本初の鉄道ですが、この横浜駅とは現在の桜木町駅にあたり、桜木町駅と馬車道・元町・官庁街を結ぶところに吉田町があります。当時は吉田町は大型船が通る大岡川に面しており、その周りには料理屋が軒を連ねていました。弊店もその河岸に面して建てられましたが、現在、川は埋め立てられ、地下に高速道路、地上は新横浜通りと呼ばれています。
横浜というと、中華のイメージが強いですがこの辺りは、うなぎの「わかな」や、とんかつの「かつれつ庵」等、横浜を代表する和食の正統派の老舗が多くあるところでもあります。
商品
うなぎの朴葉蒸し
月替わりの季節コース(13品,7000円)が主な料理で、夏〜秋季は天然うなぎ・冬季は天然とらふぐのコースも人気があります。また、活うなぎ(主に三河産)の蒲焼と牛蒡の旨煮を50年モノの、タレで和えたもち米に挟み枯朴葉で包んだ「うなぎの朴葉蒸し」は弊店の名物料理であり、百貨店販売/通販を行い、実用新案登録をしています。
また、最近では「旬の笹飯」(春:桜鯛 夏:鮎 秋:松茸 冬:ふぐ)も弊店独自のお土産品として人気があります。創業以来、店主が毎朝必ず東京の築地市場で魚の仕入れを行い、その日の最も良質な素材(できる限り国産の天然物また、産地は特別固執はしない)を品定めし、仕入れることにしています。 料理自体は見た目の華やかさではなく、四季の素材をシンプルに且つ最も美味しく引き立たせるということに重点を置きながらも、脇役へのこだわりも大切にしています。
例えば、冬の鍋のポン酢をつくる”だいだい”は、毎年秋に見た目にも青く、まだ酸味の強いだいだいを収穫し、搾汁した自家製を使用しています。また、「からすみ」など加工品として出回っている物を自家製産し、出来合いの物を使わない事で料理屋本来の、
”当たり前の事”を当たり前に行う事を大切にしています。
営業方針
「一輪の梅は大地に春を呼び、ひとつの料理は心に春をつくる」梅は百花の中でももっとも早く花を咲かせ、春を呼ぶ花と称されます。そうした梅の花のように、心を春の様にあたたかくする料理をつくりだす、という事が弊店の料理の軸になっており、店名「梅林」の意味でもあります。日々常にこれを実現するという事が店を構えて行く上での目標であり、存在意義だと考えております。お座敷は個室となっておりますが、かしこまった雰囲気は排し、どこか懐かしい居心地の良さの中で食を楽しんで頂けるよう心がけております。他には、現在百貨店での販売を手がけ出した事で製造量も増えておりますが、そうした状況でも、全ての作業は本店の板場にて、今までと同じように作り、それ以上の量は作らないという事にしております。
ご購入・お問合わせは…
〒231-0041 神奈川県横浜市中区吉田町52
Tel.045-251-7656 Fax.045-252-7799
ホームページアドレス http://www.bai-rin.co.jp
Eメールアドレス yamashita@bai-rin.co.jp